ステップ(学習塾)

地味だけど優良企業

今回の「地味だけど優良企業」は、株式会社ステップである。
1975年に神奈川県藤沢市で創業した、小中学生を対象に高校受験の受験指導をする学習塾だ。
最近は、大学受験にも事業領域を広げている。
10月末時点で、全校舎数154、在籍生徒数は31,593人に達している。

学習塾の3つの分類軸について以前に触れたことがあるが、それに従っていうと、ステップは「受験指導」「集団指導」「直営」ということになる。

しかし、それにとどまらず、ステップは非常にユニークな経営戦略を採用し、成果を収めている点に注目すべき存在だと思う。

他塾とは異なる独自の経営戦略

ステップの経営戦略には、学習塾業界ではあまり見られない2つの特徴がある。

第一に、株式上場する事業規模をもちながら、校舎の立地をすべて神奈川県内に限定している。

高校入試は都道府県によって制度や出題傾向が異なり、しかも毎年のように変化があるものだ。
複数の都道府県にまたがって事業展開していれば、情報収集に多大な労力がかかることは想像に難くない。
どうしても手薄な部分が出てくることがありえる。

そこでステップは、変化に素早く対応し、効果的な受験指導を提供するために、神奈川県に社内資源を集中投下する道を選んでいる。
神奈川一県に絞ることで、入試制度や出題傾向を隅々まで研究することが可能になり、かつ、それを社内研修などで講師全員に周知させることが容易になるわけだ。

第二に、講師のほとんどを正社員で固めている。

複数の教室を広範囲に展開するような規模の学習塾では、講師の多くが非常勤講師や学生アルバイトによって占められるのが一般的だ。
正社員が大半を占めるという学習塾は、極めて珍しいといえるだろう。

「質の高い授業を提供するためには、教師は学習指導のプロでなければならない」ということが同社のポリシーで、講師もまた頻繁に社内研修を受講し、継続的に研鑽を積むことを求められる。
これを実現するためには、講師の正社員化は必然的なことなのだ。
ホームページの説明では、教師の96%を正社員が占め、年間で40回を超える授業研修があるという。
さらに、勉強時間を確保するために、教師には「営業・勧誘活動をしない、させない」という方針を貫き、授業に専念させる体制を敷いている。

また、優秀な講師人材を確保することを優先し、教室の無理な新規開設はしない。
ここ数年間の新規開設校は、年間4校程度にとどめている。

このようにして、他塾とは一線を画した質の高い授業を提供し、神奈川県内で目覚ましい合格実績を上げることに成功している。
神奈川県公立高校トップ19校の合格者数は他塾を圧倒しており、国立の東京学芸大学付属高校の外部進学生における塾別合格者数でも13年連続でNo.1に位置する。

確たる実績を上げることで、受験生と保護者における評判が高まり、さらに優秀な生徒が集まるという図式になっている。

安定成長、コロナの打撃あるもV字回復

それでは、ステップの財務内容についてみてみよう。
まずは、損益計算書(P/L)の推移から。

2019/9期までは、綺麗な右肩上がりのグラフが描かれる。
増収増益が続いていたのだ。

その背景には、校舎を毎期コンスタントに新規開設し、順調に在籍生徒数が増やしていることがある。
ステップの発祥は神奈川県西部の藤沢市だが、湘南地区を制した後、徐々に東進して横浜市に進出。
数年前からは「横浜プロジェクト」「翠嵐プロジェクト」と銘打った目標を掲げて、横浜市内でのシェア拡大に尽力してきた。
それも仕上げの段階に差しかかり、いよいよ最後に残された川崎市への進出が始まっている。

ところが、ここで予想外の事態に見舞われる。
新型コロナウイルスによって授業の一時休止に追い込まれた2020/9期は、一転して大幅な減収減益に追い込まれてしまった。
春先の生徒募集が満足にできなかったことに加え、既存の在籍者にも休止期間中の授業料を返還し、オンライン授業での授業料を通常授業よりも割引価格にするという決断をしたことが響いた。

だが、コロナ禍からの回復も凄い。
2021/9期は、売上高が前期比19.3%増、営業利益が81.9%増になったのだ。

コロナ禍下の2021年入試でもステップの合格実績は揺るぎがなく、同社に対する受験生や保護者の評判はますます高まっている。
入塾希望者が多く、定員が満杯になる教室もある(2021.11.16付TIW企業調査レポート)という。

教室を新規に開校しても生徒募集に困らない状況からみて、ステップの成長はまだまだ継続しそうだ。

キャッシュフローについてもみておこう。

ご覧の通り、フリーキャッシュフロー(=営業CF-投資CF)は常にプラスで安定している。
2020/9期のみコロナ禍に備えて借り入れを行ったが、それも翌期には返済を進めたことがグラフからうかがえる。

健全性の高い財務体質

貸借対照表(B/S)に目を向けると、純資産比率は80%以上という健全な状態をキープしている。
2020/9期の借入金残高はコロナ禍に備えて増えたが、2021/9期は大幅に減少する見込みだ。

資産面の特徴は、現預金と有形固定資産が圧倒的に大きいということである。

言うまでもなく、有形固定資産の大半は校舎に関するものだ。
もちろん、賃貸物件で開設する教室も少なくないが、立地条件の良い物件があれば、積極的に自社所有することを辞さないようだ。
教室の増加が続く限り、今後も有形固定資産の拡大も継続するとみられる。

授業料は現金で受け取るのが原則という学習塾事業の性格上、売掛債権はほとんど発生しない。

学習塾以外の事業には基本的に手を出さないことがポリシーなので、余計な資産や債務はない。
唯一、学童保育部門が学習塾ではない事業だが、まだ3教室しかない状況であり、業績への影響は少ない。

P/L比較でみるステップの特色

ここで、ステップの財務的特徴を浮き彫りにするために、他社とのP/L比較をしてみよう。
比較対象は、隣接する東京都西部を地盤とする学習塾で、ステップと売上規模が近く、同じく公立高校受験指導をメインとする学究社である。

売上高に対する比率を両者で比較してみたグラフが下図だ。
なお、コロナ禍の影響を除くため、コロナ前の決算期を用いている。

一見してわかるように、ステップは売上原価の比率が高く、販管費の比率が低い。

売上原価率が高いのは、講師の正社員比率が高く、学究社よりも多額の人件費がかかるためである。

この期の売上高はステップ116億円、学究社98億円だが、従業員数ではステップが学究社の2倍強になる。
反面、臨時雇用者数は圧倒的に学究社が多く、ステップはほんのわずかしかいない。
講師の正社員・アルバイト比率の違いが如実に現れた形だ。

これだけならステップの利益率は低くなってしまいそうだが、販管費比率が学究社の3分の1程度に抑えられているために、営業利益率では逆転する。
ステップは、ちらし・ホームページと口コミ情報だけで多くの生徒を集めることができるので、広告宣伝費が業界で異例の低水準にあることが大きい。
さらに、「合理的で小さな本部」を標榜し、本社経費を極力抑制している。

ご覧のように、学究社に比べて販管費各費目が非常に少ない金額であることがわかる。

現場のプロ講師の確保・育成に力を注ぎ、その優秀な指導力で合格実績を上げて、受験生・保護者の評価を高める。
その結果、口コミ中心で生徒が集まり、余計な経費は必要なくなる。
高収益な財務体質が実現され、さらなる投資に資金を回すことができる。
こうした好循環を生み出していることが、ステップの成長の鍵なのだろう。

どうみる? 成長の持続性

ここまでステップの強さについてみてきたが、成長は今後も長く続けられるのだろうか?

誰しもが抱く疑問は、少子化が進んでいる我が国で、神奈川県内限定の事業展開だけでは成長の限界があるのではないか、ということだろう。
こうした疑問が根強いからか、これだけの業績を上げながら、同社の株価は緩やかな上昇しかみせていない。

少子化で受験生が減り、市場が縮小する懸念については、ステップ自身も意識している。
同社ホームページの会社情報にあるQ&Aのコーナーにも、2035年には神奈川県の15歳人口が2020年の83.5%になる、というデータが掲載されている。

これに対する対策は、「授業の質とシステムの良さをさらに磨き上げ、縮小する市場の中でシェアを継続的に高める」しかない、というのがステップの考えだ。
現在のステップのシェア(公立中学3年生に対する塾生の比率)は12%だが、これを引き上げていくことは可能だと同社はみている。
古くから校舎展開していてシェアが20%に達している地区がある一方で、川崎市のように開校が始まったばかりの地区もあり、ばらつきが大きいことがその根拠である。

今後10年間で横浜・川崎に54校の開校余地がある、という見解が、同社から示されたという(2021.11.16付TIW企業調査レポート)。
だとすれば、成長限界が到来するのはもう少し先になるといえそうだ。

また、大学受験分野に展開できる余地が残されていることも見逃せない。

ステップの大学受験コース(高校部)は、現時点で15校しかない。
しかし、得意のプロ講師による指導で、国公立大学・早慶上智など有名私大への合格実績が着実に上がっており、特に2021年入試では2ケタ増で躍進した。
入塾希望者数が増えて、今年は定員一杯になった教室も続出している。

小中学校時代から生徒を取り込めるだけに、大学受験実績で存在感が高まれば、既存の大学受験予備校にとっても脅威の存在になる可能性は十分ある。
鍵を握りそうなのは、やはり講師人材の確保・育成がうまくいくかどうかだろう。

最後に、ステップは株主還元にも熱心だということに触れておこう。

この10年間、配当額(記念配当除く)は毎年増加しており、2021/9期は2011/9期の約2.4倍になる見込みだ。

このほかに、100株保有するだけで最大2,000円分のクオカードがもらえる株主優待がある。
長期保有の楽しみに欠かない銘柄だといえそうだ。

ステップ

Posted by Uranus