読書メモ4~長期投資家が知っておくべき「競争の戦い方」

投資のヒント,雑記帳

山田英夫「競争しない競争戦略」改訂版(日本経済新聞出版社)2021.11

経営学における競争戦略とは、ライバル企業との競争に勝つための戦略である。
なのに、「競争しない競争戦略」とは、どういうことなのか?
単に奇をてらっただけの書名のように思う人がいるかもしれない。

だが実は、本書から学べる知見は、安定した収益を上げる企業を探す長期投資家にとって大いに助けとなるだろう。
なぜなら、市場シェア最大の業界リーダー企業以外の企業が着実に利益を上げていくためには、いかにしてリーダー企業と競争しないか、が大きなポイントになるからだ。

「競争に勝つ」とはなんだろう?

相撲であれば、同じ土俵に上がり、決められたルールの下で戦って勝利することである。
しかし、企業間の競争では、同じ土俵の上で正面からぶつかるだけがすべてではない。
土俵に上がらないで、自社独自のやり方で戦ってもよいのだ。

そもそも、なぜ企業が競争するのかといえば、より多くの利益を上げるためである。
利益を増やすために、他社と競争して売上高を増やし、利益率を高めることが求められる。

だが、競争の激化は、価格競争を招きやすい。
特に、同質的な商品・サービスであれば、その傾向は強くなる。
結果として消耗戦に陥り、利益率の低下を起こすことは珍しいことではない。
「シェア争いには勝利したけれども、結局、利益が上がりませんでした」では、競争した意味がない。

だから、最良の戦い方は、競合企業との衝突を可能な限り少なくし、自社だけが優位性をもつポジションを築くことである。
それが本書のいう「競争しない競争戦略」である。

本書は、「競争しない競争戦略」の類型として、ニッチ戦略・不協和戦略・協調戦略の3つを示す。

“ニッチ戦略”とは、特定の市場セグメントに経営資源を集中して優位性を生み出し、他企業と棲み分ける戦略である。
質的限定と量的限定という2つの軸を掛け合わせるフレームワークをベースに、「技術ニッチ」「空間ニッチ」など10種類のニッチ戦略を紹介している。
さらに、リーダー企業を市場に参入させないことが大事なので、そのための基本的な戦略についても解説している。

“不協和戦略”とは、リーダー企業が同質化政策で当該企業に対抗しようとすると不協和(ジレンマ)が生じるように仕向ける戦略である。
不協和の例として、従来より収益が悪化してしまう、リーダー企業が持つ優良資産が逆に重荷になってしまう、主力事業との共食い(カニバリゼーション)を起こしてしまう、などが挙げられる。
リーダー企業が競争したくても競争できない状況をつくり出し、棲み分けるのだ。

“協調戦略”は、棲み分けを狙う前2つとは違い、協調関係を築くことで競争をなくし、共存共栄を目指す戦略である。
機能と価値連鎖(バリューチェーン)の2軸をベースにしたフレームワークから、次の4つの戦略が示されている。
・自社が強みを持つ領域で他社から積極的に受託するコンピタンス・プロバイダー
・一部機能だけを代替して他社の価値連鎖に入り込むレイヤー・マスター
・既存業界に新たな機能を付加するマーケット・メーカー
・自ら競合他社の製品を組み込んで自社商品・サービスを強化するバンドラー

本書は、上記のような戦略を単に理論的に説明するだけでなく、各戦略ごとに実際の企業名を挙げた事例を多数紹介しているところも特徴だ。
しかも、ほとんどが日本企業なので、我々日本人には納得感が高い。
たとえば、ニッチ戦略の空間ニッチの事例として最初に登場するのはセイコーマートだし、協調戦略のバンドラーの事例として挙げられているのは、グリコの「オフィス・グリコ」や事業所向け文具通販の「アスクル」といった具合だ。

著者の山田英夫先生は経営コンサルタント出身の研究者だが、そのせいか非常に実践的で面白い着眼点をもつ著書が多い。
「逆転の競争戦略」、「異業種に学ぶビジネスモデル」、「なぜ、あの会社は儲かるのか?」などタイトルを見るだけで読書欲をそそられる。
その中でも、本書は競争戦略の本質に触れる名著であり、企業経営に関心を持つ人には熟読を強くおすすめしたい。

Posted by Uranus