読書メモ2~行動経済学の入門書として最適
大竹文雄「あなたを変える行動経済学」(東京書籍)2022.1初版
行動経済学の知識は、個人投資家にとって必須だと筆者は思っている。
人は無意識のうちに合理性を欠く行為をとってしまいがちだが、投資においては、それが致命的な損失につながる恐れがあるからだ。
行動経済学の知識をもっていれば、「今、自分は合理的な選択をしているか」を冷静に見つめなおすきっかけを与えてくれるかもしれない。
当サイトでも、過去に類似のテーマを取り上げたことがある(損切りできない人に贈る魔法の言葉)。
本書は、行動経済学の研究者として著名な大竹文雄教授が、早稲田塾で高校生を対象に行った連続講義をベースとしている。
高校生が相手だから平易な言い回しでわかりやすく、初めて行動経済学に触れる人でも、スッと入っていけるだろう。
でも、行動経済学のエッセンスはきちんと得られる。
とりわけ、個人投資家にとって必読なのは、第1章から第3章だ。
第1章では“サンクコスト(埋没費用)”の問題が取り上げられる。
既に支払ってしまった費用(=サンクコスト)は取り戻すことはできない。
だから、きっぱり忘れて、今から将来に向けて最も利得が多い行動をとるべきだ。
「支払ったコストがもったいない」と決して考えてはならない、ということが行動経済学の知恵だ。
株式投資に当てはめれば、その株式銘柄をいくらで買ったかは関係ない、将来に向けて株価がどう動くかのみを基準に売り時を考えることが正しい、ということである。
株価が上昇する見込みが乏しいのであれば、さっさと他の銘柄に移ってしまったほうが良い。
でも、我々はどうしても買値以下で損切りすることには躊躇を感じてしまう。
サンクコストの罠に囚われてしまっているのだ。
損切りをできにくくする大きな原因が、第2章で取り上げられる“損失回避”の意識である。
人は利得による喜びよりも、損失による悲しみをより大きく感じるという性質をもっている。
そして、損失かどうかは参照点を基準に判断される。
株式銘柄を損切りすることに抵抗を感じるのは、本来は忘れるべき「買値」を参照点として損得を判断してしまうからなのである。
参照点とすべきは、「現在の株価」なのだ。
そのことに気づくことができれば、随分と損切りに対する意識も違ってくるのではないだろうか。
第3章の“先延ばしの心理”も、投資家にとって大いに関係がある。
私たちは皆、近い将来の価値よりも現在の価値をより大きく評価する、という傾向をもっている。
これを「現在バイアス」という。
例えば、夏休みの宿題をやるのをついつい先延ばししてしまうのは、現在の遊ぶ楽しさを優先させるからである。
保有銘柄が少しでも値上がりすると、すぐに売却して利益を確定してしまいたい誘惑に駆られるのも、この現在バイアスかもしれない。
本当はもう少し値上がりする可能性もあるが、いますぐに手に入る利益を逃したくない、という心理が働いているのだろう。
結果として、もっとじっくり様子を見るべきだったと後悔することがしばしばある。
このように、投資における失敗は、人が元来有する性質に由来することが多いことがわかる。
行動経済学を勉強するだけですぐに失敗がなくなるわけではないが、より合理的な選択をとるきっかけを掴むことにつながる期待はできる。
自分にこういう弱点があると知っているだけでも、大損する回数は減らせるのではないだろうか。