真の原因はイメージギャップ!?~大戸屋ホールディングス(ビジネスモデルが躓くとき-その4)

ビジネスモデル

うまくいっていたはずのビジネスモデルが何かをきっかけに躓くことがある。
そのようなケースを取り上げて財務面から考察するこのシリーズ、第4回は株式会社大戸屋ホールディングス(大戸屋HD)を取り上げる。

大戸屋HDは、定食を主要メニューとする『大戸屋ごはん処』等を、首都圏を中心に、国内及び海外に展開する外食チェーンだ。
首都圏在住者なら、一度は食事したことがある、という人が多いのではないだろうか。
創業者の故・三森久実氏が1983年に設立し、2001年に株式を店頭公開、現在はジャスダック市場に属している。
2020年3月末時点では463店舗(国内347、海外116)がある。

特色は、家庭料理のような手作りや出来たてにこだわり、セントラルキッチンではなく各店内で仕込みから調理を行うことである。
食材に凝ったり、栄養バランスにも配慮したりしており、女性客が“定食屋”としては比較的多いことも特徴だ。

創業者の死後に業績が暗転

さっそく、損益計算書(P/L)の動向からみてみよう。

2016/3期までは順調に売上高が増加していたが、そこで頭打ちとなっている。
まるで、2015年に創業者三森久実氏が死去したことをきっかけに、業績が伸び悩み始めたようにもみえる。

実は、2016年以降の5年間、大戸屋の経営は激しく動揺した。
故・三森氏の息子智仁氏の処遇や故・三森氏に対する功労金の支払いを巡って、経営陣と創業家の対立が表面化し、いわゆるお家騒動が勃発したのだ。
2019年には、創業家が保有株ほぼすべてを外食大手コロワイドに譲渡してしまい、コロワイドが大戸屋の筆頭株主になった。
そして、2020年に会社側とコロワイドが経営権を巡って争うことになり、敵対的TOBを経て、最終的にコロワイドの傘下に入ることになったのだった。
こうした騒動が企業イメージの悪化につながり、従業員の士気低下にもなったことが業績低迷の一因だといわれる。

また、大戸屋の不振について考察した多くの記事では、低迷の大きな原因として、値上げやメニュー改定が消費者の不評を買ったことが指摘されている。
いわく、他の定食屋チェーンと比べて平均価格が高いうえに、量が少ないので、男性客が離れてしまった。
いわく、人気メニューだった「大戸屋ランチ」を突然廃止した(後に復活)ことで、常連客に愛想を尽かされた。

追い打ちをかけるように、2019年2月にはアルバイト従業員による不適切動画が発覚し、謝罪と再発防止のための対策に追われた。

そして、このコロナ禍で店舗営業が制限され、客足も激減するという事態に陥る。

2020/3期には上場来初めて最終損益で赤字を計上、2021/3期もまた30億円近い大幅な営業赤字を計上する見込みのため、債務超過に転落する瀬戸際まで追い込まれている。
まさに「弱り目に祟り目」という言葉のように、次々と苦難が襲いかかってきたようなのだ。

フランチャイズ事業に依存する利益構造

大戸屋HDの業績不振の直接的原因が、来店客の減少であることは疑いない。
なにしろ、2018年4月以降の既存店来店客数は、一度も前年同月を上回ったことがないのだ。

それでも何とか2019/3期まで大戸屋HDが利益を上げてこられたのは、大戸屋HDの利益の多くはフランチャイズ事業によるものだからである。
大戸屋の2020年3月末時点の店舗数463のうち、直営店は162、フランチャイズ店は301であった。
ほぼ3分の2がフランチャイズ店ということである。
利益面ではさらにフランチャイズ事業への依存度が高い。

上図の通り、国内直営事業の利益は元々減少傾向にあり、2019/3期からは赤字に転落している。
これに対し、フランチャイズ事業では安定した利益を継続していることがわかる。
フランチャイズの不採算店を一部直営店に切り替えたことも過去にあるようなので、直営事業のすべてが悪いというわけではないようだが、それにしても厳しい状況である。

これだけ来店客数が減少していることを考えれば、フランチャイズ店も直営店同様、厳しい経営状況にあることは想像に難くない。
もし、フランチャイズ店の離脱が始まれば、企業の存続自体が危ぶまれることになりかねないだろう。

もはや、お家騒動をやっている余裕などなく、客足の回復に向けて早急に手を打たなければならない状況なのだ。

実は競合他社よりも儲けが少ない

問題は、なぜ来店客数が減り続けているのか、ということだ。
“お家騒動”や“バイトテロ”が大戸屋のイメージダウンとなり、消費者に嫌気されたということも一因ではあるものの、それが低迷の決定的な理由とは言い難い。

先述したように、多くの論者が指摘するのは、値上げによる高価格化やメニュー改定の失敗による固定客離れ、ということである。
しかし、値上げやメニュー改定は大戸屋以外の外食チェーンでも何度も行われており、なぜ大戸屋だけが深刻な影響を受けているのか疑問が残る。
コロナ前は食材費やアルバイト人件費の高騰が著しく、どの外食チェーンも厳しい経営状況だったとことは周知の事実であり、相当程度の値上げは不可避だった。
また、大戸屋よりも値段が高くても、人気のある飲食店はいくらでもある。

そもそも大戸屋HDは、他の外食チェーンに比べて売上高利益率の水準が低い。
要するに、利幅が競合他社よりも小さいのが特徴だ。

それは、一からの店内調理にこだわるために、他社以上に人や設備にお金をかける必要があるためであろう。
少し前まではカット野菜すら使わず、店内で仕込みをやっていたのだから、どうしてもコスト高になってしまう。
炭火焼きなど味へのこだわりから手間のかかるメニューもあり、来店客への提供に時間がかかってしまうことは珍しくない。
店内調理に手間をかける以上、他店よりも値段を高くしないと本来わりに合わないのである。

とすれば、値上げをしたことが問題なのではなく、値上げをする必要性が消費者に理解されていないことが問題ではないだろうか。
別の言い方をすれば、本来なら他店よりも高価格であるべきメニューを提供しているのに、消費者にはそのことがほとんど周知されていない、ということが問題なのではないか。

会社の思い入れと消費者のイメージのズレこそが問題

数多くある考察の中で筆者が注目したのは、ファイナンシャルプランナーの中嶋よしふみ氏が書いた記事「大戸屋の赤字転落、原因は『安すぎるから』?」(ITmediaビジネス ONLINE 2019.12.11公開)である。
中嶋氏は、来店客の入替わりスピードの指標である顧客回転率に着目し、大戸屋は競合チェーンに比べて顧客回転率が低いにもかかわらず、回転率に見合った価格で食事を提供できていないことが根本的な問題ではないか、と提起されている。

確かに、大戸屋に行って食事をオーダーすると、出てくるまでに5分以上待たされることが多い。
また、食事が終わっても、グループで会話していたり、のんびりとスマホを眺めていたりする客が多くいる。
店内の内装や雰囲気も、ゆっくり食事を楽しんでもらうことを前提につくられていると感じる。
来店客にとっては有り難い話ではあるが、定食だけで1時間近く滞在されることになってしまい、商売上は儲けを上げにくくなる。

もちろん、低価格店ではなく、高級レストランのように、時間をかけて食事や会話を楽しむ飲食店であれば、回転率は低くてよい。
だが、大戸屋に対する消費者のイメージは、“大衆的な定食屋”というものだろう。
あくまで日常食のお店であって、ハレの場と考えて行く人はほとんどいないだろう。
当然、その提供価格に対する感覚は、高級レストランよりもずっとシビアなものになる。

アルバイト人件費などコストが安い時代には、店内調理にこだわっても、競合チェーンとの価格差は大きくならなかった。
むしろ、味が良いことが差別化につながっていた。
しかし、コストの高騰を吸収するため価格差が広がってくると、「定食屋としては高価格」と感じる人が増えてきたのではないか。

大戸屋がこだわる「すべてを店内調理で」という店舗運営に、消費者はあまり魅力を感じていない。
「店内調理へのこだわり」が来店理由だという人は、常連客ですら半数もいかないように思う。
むしろ、味が落ちないのであれば、別にセントラルキッチン方式でも構わないという客が多数派だろう。

つまり、大戸屋が自社の強みだと思っている「店内調理へのこだわり」と、消費者が大戸屋に抱いているイメージや来店目的には、大きなギャップがあるのだ。
そのギャップを放置したまま、いくら店内調理を訴求しても、消費者に何も響かないのは仕方がないといえるだろう。

大戸屋が消費者のイメージに合わせた商売をするか、あるいは消費者の“大衆的な定食屋”イメージを根本的に変える施策を打つことが重要だったのである。
そのことに無策なままで値上げやメニュー改定を繰り返した結果、結局消費者が離れてしまったことが低迷の原因だ、という仮説を筆者はもっている。

店内調理にこだわってきた経営陣は、コロワイドが経営権を握ったことで、昨年末に交代させられた。
コロワイドは多様な外食業態を傘下に有しており、食材の共同仕入れやセントラルキッチン方式の導入で実績がある企業グループだ。
おそらく、大戸屋でも店内調理へのこだわりを捨て、コストダウンで価格訴求していくスタイルに変えていくことになるだろう。

果たして、再び顧客を呼び戻すことができるのか?
味が変化して、大戸屋そのものが変質していくのか?
一顧客として見守っていきたいと思う。

大戸屋

Posted by Uranus