テンポイノベーション(飲食店舗転貸借)

地味だけど優良企業

株式会社テンポイノベーションは、飲食店舗専門の不動産賃貸業をメイン事業としている。
ただし、自社が所有する物件を貸すのではなく、他のオーナーから飲食店向けの物件を借り受け、オーナーの了解を取った上でテナントに貸しているのが特徴だ。
つまり、簡単に言えば「不動産の又貸し」を事業とする会社である。

飲食店は、他の業界に比べて生き残りが厳しく、開業・廃業による入れ替わりが激しいことで知られる。
読者にも、近所や通勤・通学の途上で見かけていた飲食店がいつの間にか閉店して、別の店に代わった経験をお持ちの方は少なくないのではないだろうか?

入れ替わりが激しいということは、テナントが安定しないというデメリットにつながるが、反面では事業機会が豊富にあると捉えることもできる。
そのメリットを最大限に活かすようなビジネスモデルを構築していることが、テンポイノベーションの面白いところだ。

仲介ではなく、転貸借ビジネスを戦略的に実行

飲食店とオーナーをつなぐという観点からすれば、テンポイノベーションは不動産賃貸借の仲介業者と類似している。
しかし、仲介ではなく、あえて自分が契約当事者となる「転貸借」という形をとっている点が、仲介業者とは明確に異なる。

なぜ転貸借なのかといえば、個々の賃貸借契約の成立を仲介するだけでは得にくいビジネスチャンスを狙っているからだ。
仲介業者は仲介料を1回もらってそこで手離れするが、テンポイノベーションは自らが貸主となることで、契約が続く限り賃料という定期収入を得ている。
フローのビジネスである仲介ではなく、ストックのビジネスである賃貸を選択しているのである。

もちろん、オーナーに賃借料を支払うから、テンポイノベーションの手元に残るのは、賃貸料と賃借料の差額ということになる。
当然、自社物件を賃貸するのに比べれば儲けは少なくなるが、一方で不動産を所有することにより発生するリスクは回避できる。
とりわけ、人気の出やすい物件を厳選して転貸借することによって、空室リスクを低く抑えられることは大きい。

テンポイノベーションは、さらに戦略的な絞り込みを行っている。

まず、物件はあくまで飲食店にこだわり、住宅や事務所には一切手を出さない。
これは飲食店舗開発のプロとしての専門性を高め、飲食店の営業から生じる様々な問題に対処できる人材を育成し、組織として対応できる体制を構築するためである。
また、先に触れたように、飲食店は入れ替わりが激しいので、収益機会が豊富にあるというメリットが大きい。

地域は市場性の高い東京23区及びその周辺に集中する。
出店希望者が多いから、テナントが退店してもすぐに次の賃借人を見つけやすい。

転貸物件は居抜き物件を中心に揃えている。
出店費用を低く抑えることができる物件なので、これまた出店希望者が見つかりやすく、空室の期間を最短にとどめることができる。

不動産の又貸し自体は古くからあるが、きちんとした経営戦略に基づき、組織で大規模に運営するビジネスに仕立て上げたところがテンポイノベーションのユニークなところなのだ。

出所:テンポイノベーション公式サイト

サブリースとは異なる

不動産の又貸しといえば、賃貸マンションなどのサブリースを思い浮かべる方もいらっしゃるだろう。
テンポイノベーションは、同社の転貸借事業はサブリースとはまったく違うものであることを明言している。

サブリースは、オーナーから物件を一括して借り上げ、家賃保証がセットになっていることが通常である。
定期賃貸借契約として長期にわたる契約関係を結ぶ場合も多い。

これに対し、テンポイノベーションの転貸借事業はあくまで個別の区画を借りるもので、物件をまるごと借りることはほとんどない。
多数のオーナーと各地で個別に賃貸借契約を結んでいる。
オーナーには転貸借の了解を取り付けるが、契約関係としては普通の賃貸借契約である。

契約解消の条件も通常の賃貸借契約と変わらない。
もし、借り手がつきにくい物件だと判断すれば、見切りをつけて賃貸借契約を解約することも可能なのである。

だから、サブリース業者とはまったく異なるビジネスなのだそうだ。

財務データから分かるビジネスの特色

では、テンポイノベーションの財務データをみてみよう。

まず、2023/3期の貸借対照表(B/S)から。

飲食店舗の賃貸事業を営んでいながら、保有する有形固定資産は極めて小さい。
転貸借事業の特色がはっきり現れている。

大きな比重を占めるのが、差入保証金と預り保証金だ。
また、前払費用と前受収益も比較的大きい。
いずれも賃借・賃貸に伴って生じるもので、ちょうど見合い資産になっている。

会社四季報によれば、自己資本比率は22.5%とかなり低い水準だが、この見合い資産が大きいためにそうなってしまうのだ。
無借金経営であることを踏まえると、実質的な財務の安全性は非常に高い。

次に、損益計算書(P/L)の推移。

株式上場は2017年だが、その前期2017/3期から売上高は一貫して増加している。
営業利益はコロナ禍の影響が大きかった2021/3期こそ前期比減少となったが、増益基調である。
一見して、安定したビジネスであることがわかる。

順調な成長は転貸借物件の増加による。
コロナ禍初期を除けば、転貸借物件は漸増傾向が続いている。
ストックビジネスだから、ストックが積み上がれば自然と増収増益になるのだ。

出所:テンポイノベーション 2023/3期決算説明資料

成約件数は飲食店の出廃店に左右されるので、時期によって変動がある。
もし、テンポイノベーションが不動産仲介業であったなら、仲介料収入も変動するから、長期にわたって安定した収益は上げにくいかもしれない。

転貸借事業を主軸とした狙いが見事に成功していることがわかる。

地場不動産業者とのリレーションシップが肝

こんなに安定して収益を得られるのであれば、他に同業者が多く存在しても不思議ではない。
ところが、飲食店の分野でみるかぎり、小規模ならともかく、テンポイノベーションと同規模で転貸借事業を展開する企業は見当たらない。
思った以上に、飲食店舗転貸借事業の敷居は高いようなのだ。

このビジネスの肝となるのは、いかに魅力ある物件を多く取り揃えるか、であることは言うまでもない。
又貸しということは、通常の賃借料にテンポイノベーションの取り分の上乗せがあるわけで、地域の賃料相場からみれば割高になりやすいことは容易に想像がつく。
それでも借りたい、という出店希望者を引きも切らず確保するためには、相当な優良物件であることが必須だろう。

そのような物件をこの規模でもつためには、有力な物件情報が集まってくる仕組みが必要だ。
テンポイノベーションは、地場の不動産業者と親密な関係を構築することで、それを実現している。

本来なら、地場の不動産業者はオーナーやテナントを取り合うライバルになっても不思議ではない。
しかし、テンポイノベーションに不動産業者がオーナーやテナントを紹介すれば、相応のお金が不動産業者に支払われる仕組みをつくった。
また、オーナーにテンポイノベーションという安定した借り手を紹介することで信頼を得ることができる。
オーナーと飲食テナントのトラブルが生じた場合も、テンポイノベーションが間に入っていれば、不動産業者自身が手を煩わすことが少なくなるメリットがある。

さらに、テンポイノベーションは本業である転貸借事業のほかに、店舗不動産物件の売買事業を手掛けることで、地場不動産業者とのリレーションシップ強化を図っている。
地場不動産業者の仲介で物件を取得し、それを売却することをあえてやっているのだ。
前掲のB/Sに販売用不動産があったのは、そのことが反映されている。
あくまで、本業を有利に進めることが目的なので、一定の資金枠の中で資金効率を考えてやっているという。

副業とはいっても、テンポイノベーションは店舗の目利き力をもつので、不動産売買事業でもきちんと利益を上げている。
期によっては、全社利益の3分の1近くを占めることもある。

地場不動産業者とのリレーションシップは、新規参入者が簡単に入手できるものではない。
長年の地道な努力によって築かれた関係だから、大きな差入障壁になる。

テンポイノベーションに有力な同業者が存在しないのも、これが大きな要因だろう。

人材確保が最大の経営課題か

景気変動に左右されにくい安定したストック型ビジネス、常に存在する出店希望者、物件増加による成長の余地、ほとんど存在しない競合相手、とテンポイノベーションを取り巻く環境は良好である。
そんな同社に経営課題があるとすれば、何だろうか?

それは人材確保だろう、と筆者はみている。

テンポイノベーションの転貸借事業は、インターネットで完結させたり、ロボットやAIで自動化できるような類のものではない。
供給と需要のマッチングだけなら可能だろうが、テンポイノベーションの強さの源泉は、飲食店事業に対する専門的な知見と、それを元にした関係者間の利害調整力にあると思う。

出所:テンポイノベーション 2023/3期決算説明資料

地場不動産業者とのリレーションシップも、人と人が実際に接触することで生まれてくる。
人なしでは動かないビジネスなのである。
ビジネスを支える優秀な人材をどれだけ確保できるかが、今後の成長の鍵なのではないだろうか。

テンポイノベーションの中期経営計画によれば、2026/3期に営業部門100名体制を構築し、2029/3期には転貸借物件5,500件実現を目指している。
2023/3期の営業人員は36名だから、3倍近くに増やすことになる。

だが、これまでは新人教育が後手に回り、社員の定着率は必ずしも高くなかったようだ。
今期は、新人教育専門の担当者を決めて集合研修するなど、新人教育のやり方を見直している。

飲食業界は人手不足が深刻なことがよく話題に上るが、他業界との人材の奪い合いもますます激化することも踏まえると、計画どおりに営業マンを確保できるかは予断を許さない。
営業マンの勤務環境の不規則さなどを考慮すれば、賃上げや福利厚生などによる人件費の比率増大は不可避だと思われる。

現在は7~9%の水準にある営業利益率が、今後どうなっていくのかにも注目したい。