読書メモ6~あなたも陰謀論に影響されている!?

雑記帳

鳥谷昌幸「となりの陰謀論」(講談社現代新書)2025.6

本書は、ネット社会で生きる現代日本人にとって必読の書と言ってよい、と思う。
陰謀論の入門書であるとともに、陰謀論とどう向き合っていくべきかを考えるきっかけとなる本だ。
著者の鳥谷氏は、私たちの多くが陰謀論から影響を受けていることを出発点として、私たち自身の中にある陰謀論を見つめ直すことで、陰謀論の危うさに自覚的になることを目指す、としている。

近年、陰謀論が社会を動かしつつあることに、筆者は大きな不安を覚えている。
何か悪いことが起こると、「それは〇〇の陰謀が引き起こした」とか「実は✕✕が影で糸を引いている」などと、まことしやかに主張する人間が必ず出てくる。
昔なら、そんなトンデモない主張は一笑に付されて、ほとんどの人は相手にもしていなかった。

ところが、ネット社会でSNSが情報伝達に大きな役割を果たすようになると、根拠のない荒唐無稽な主張も、驚くべき速さで伝播するようになってきた。
動画作成が素人でも容易にできるようになり、最近はAIが活用されるようになって、真偽の判定がどんどん難しくなっている。
こうなると、根拠の薄い極端な内容でも、真実だと簡単に信じ、踊らされる人間が増えてくることが避けられない。

時には、陰謀論的な主張が多くの人に受け入れられ、政治や経済に大きな影響を与える出来事すら起こっている。
米国では、大規模な不正があったとして大統領選挙の結果を否定し、議事堂を暴徒が襲撃する事件が起こってしまった。
我が国でも、先の兵庫県知事選挙の結果や外国人の排斥を主張する政党の躍進などは、SNSを中心に陰謀論が拡散されたことと無縁ではない。

そもそも陰謀論とはなんだろうか?

著者鳥谷氏の定義では「陰謀論とは、出来事の原因を誰かの陰謀であると不確かな根拠をもとに決めつける考え方」である。
そして、誰でも知らず知らずのうちに陰謀論が刷り込まれてしまうことが起こり得るとし、決して特殊なことではないと鳥谷氏は言う。

著者自身の体験として、ケネディ大統領暗殺事件に関する陰謀論を自分が違和感なく受け入れていたことが語られている。
実際には、黒幕の存在を裏付ける確実な証拠は、今日に至るまで見つかっていない。
にもかかわらず、ケネディ暗殺には黒幕がいるはずだ、と自然に考えていたのだ。

確かに、この手の陰謀論は昔から広く流布しているものが多くある。
「フリーメーソンが世界を牛耳っている」「アポロの月面着陸は捏造」「9・11同時多発テロは米国政府の自作自演」などは、読者も一度は聞いたことがあるのではないだろうか。

最近なら、「新型コロナ・ウイルスは大手製薬会社が利益を上げるためにつくられた」「ワクチンにはICチップが埋め込まれている」などCOVIT-19関連のトンデモ主張が多数登場した。
旭川医科大学の佐藤遊洋氏らの研究によれば、日本人の約4人に1人が何らかの新型コロナ・ウイルス陰謀論を信じているという。

陰謀論を甘く見てはいけない。
陰謀論に囚われた人は、主張を肯定する情報のみを受け入れ、都合の悪い情報はすべてウソだと決めつけるようになる。
時にそれは、人の性格すら変えてしまい、親しい人々との関係を破壊するパワーを持っている。
少しでも異論を挟もうものなら、火が付いたように反論され、全否定されることになる。
まともな会話すら成り立たなくなることが、しばしば起こる。

先日NHKで放送されていた番組では、陰謀論を信じたことがきっかけで、家族や友人と断絶ができてしまった悩みを抱えている人が少なくない、と紹介されていた。
新型コロナ・ウイルスをめぐる陰謀論を信じ、政府やマスコミはウソばかり垂れ流しているのに、家族はそのことを全然理解してくれないと言っている人が、あなたの周りにもいなかったか?

なぜ、陰謀論はこんなに受け入れられやすいのだろうか?
鳥谷氏によれば、それは2つの要因が関係している。

一つは、複雑で多様な現実社会を単純化してシンプルに捉えたい、という人間の性質である。
悪いことの裏には諸悪の根源が存在し、それを取り除けば解決すると単純に考えることで、現状を理解し安心したいという欲求が、陰謀論を肯定することにつながる。
勧善懲悪のドラマが昔からずっと人気があるのは、人間の本質に根ざしたものなのだ。

もう一つは、失うこと・奪われることへの恐怖・不安である。
行動経済学の研究では、人は何かを得ることの喜び以上に何かを失う痛みのほうが大きい、ということが明らかになっている。

陰謀論は、幸福感に満たされた人ではなく、社会の中で没落し、不安を抱えた人たちに広がりやすい傾向がある。
新型コロナ陰謀論が広まったのも、生命を奪われる恐怖や行き先が見えないことへの不安が根底にある。
トランプ支持者に工場労働者の白人層が多いと言われるのも、彼らが経済的に困窮を深めていて、かつ社会的地位も移民に脅かされていると感じているからだろう。
トランプ氏の極端な主張が、自分たちの思いを代弁しているように感じるのだ。

SNSが今のように普及する前までは、これらの陰謀論は一種の娯楽的側面があった。
月刊ムーに代表されるオカルトやスピリチュアルな情報を楽しんでいたが、内容全てを真実と信じていた人は少数派だったはずだ。
ましてや、その内容をもとに現実社会での行動を変えることなど、大多数の人はしていなかった。

ところが、現在の状況は様変わりしている。
陰謀論が大手を振ってまかり通り、社会の分断はどんどん進展している。
自分たちの主張は絶対的正義であると叫び、反対する人を敵とみなし、自分の視野から排除する。
世の中には多様な考え方があるのが当たり前で、お互いがそれを尊重しつつ、よりよい社会を目指して理性的に話し合うことが民主主義の根幹のはずだが、それを認めようとしない。

現在の米国社会の状況は、支持政党によって家族ですら仲違いするような、日本人の想像以上に分断が深刻なレベルにあるという。

著者は、本書の中で陰謀論政治について一章を設けて詳しく論じており、その危うさについて警鐘を鳴らしている。
ナチスの「諸悪の根源はユダヤ人」という陰謀論が、ホロコーストへとつながっていった歴史を私たちは再度学ぶ必要がある。

世界の今の状況を見るに、筆者は暗澹とした気持ちになることがある。
ナチスが登場する前夜に似ている、とはいえないだろうか?

人々の不満や不安が蓄積し、それが特定の人々や組織をターゲットとして、理性ではなく、「けしからん」「気に入らない」といった感情に基づき攻撃することに捌け口を求めている。
既存のマスメディアに不信感が強い一方、SNSのどこの誰かもわからない人がもたらす情報を検証もせず無批判で受け入れる。
極端で、一方的な主張をする政治家や集団に喝采を叫ぶ。

日本も例外ではないことは明らかだ。
例えば、財務省解体を叫ぶデモは財務省が諸悪の根源だと考えているのだろうが、一部識者の暴露本以外に大した根拠があるわけではなく、まさしく陰謀論的思考の産物と言わざるを得ない。
また、選挙で他候補を追い回して選挙活動を妨害した集団があったが、これも面白がって動画を見る人間が多数いるからこそ出現した、と言えるだろう。

今ここに、ヒトラーのような政治家が現れて、プロパガンダを駆使したら、と考えるとゾッとする。
ヒトラーは選挙で合法的に政権を獲得した、という事実を考えれば、これは決して他人事ではない。
「気がついたら、あの時のドイツ人と同じになっていた」とならないように、一人ひとりが真剣に陰謀論を見極めるべき時期だと思う。

Posted by Uranus