読書メモ5~シルバー層は資産を使うメソッドこそが大事
野尻哲史「定年後のお金」(講談社+α新書)2018.7
同「60代からの資産『使い切り』法」(日経BP日本経済新聞出版)2023.8
世の中には、資産形成や資産運用のやり方を指南する本は、ごまんとある。
しかし、60歳を超えてリタイアが視野に入ったシルバー層が、保有する金融資産をどのようなやり方で使っていくかをアドバイスする書籍はあまり見かけない。
著者の野尻哲史氏は、そんな金融資産の「適切な減らし方」について、情報発信を積極的に続けている貴重な存在だ。
野尻氏は、人生は退職を境に「資産形成世代」から「資産活用世代」へとシフトしていくとする。
「資産形成世代」と「資産活用世代」のイメージ

退職後の生活は、
生活費=勤労収入+年金収入+資産収入
で考えることが基本になる。
とすると、資産を少しでも長く延命させるためには、①生活費を下げる、②できるだけ働いて収入を得る、③年金受給額を増やす、④金融資産の取り崩し方を工夫する、の4つの対策がある。
資産活用とは、この4つを上手にコントロールしながら、今ある資産の寿命を延ばすことである。
本書で扱うのは、主として①と④に関わることだ。
資産活用世代では、資産を引き出しながら運用もやって、資産の減り方を少しでも緩やかにすることが重要だという。
そうなると、増やすことだけに専念すればいい現役世代とは違う発想が必要になる。
現役世代の資産形成ではインデックス投信の毎月積み立てが鉄板であるが、資産活用世代は資産の引き出し方を考慮しなければならない。
これまでは、「毎月10万円」のように定額引き出しが主流だった。
年金と同じように考えて行動する人が多いからだ。
だが、これだと運用益の多寡にかかわらず一定額を引き出すことになるので、リタイア後早い時期の運用が低調だった場合、資産残高が予想以上に早く減少してしまう懸念がある。
前年末の資産残高に対する引き出し率が、どんどん高まることになるからだ。
これを改め、残高に対する引き出し率を一定にすることを野尻氏は強く推奨している。
一定の率で減っていくようにして資産寿命を伸ばそう、というわけである。
もちろん、引き出し率を一定にすれば、毎年の引き出し額は変動することになる。
運用がうまくいった翌年は増え、不調だった翌年は減るということが起こる。
さらに、時間が経過して資産残高が減ってくれば、引き出し額も徐々に減ってくる。
「毎年変動するなんて、嫌だ」という人も少なくないだろう。
だが、運用に変動があるのは避けられない以上、そのリスクをどう受け止めるのかを考える必要はある。
引き出し額も変動させてリスクを受け止める、というのが著者の考えだ。
なお、「運用しながら引き出す」という期間はそれほど長くはない。
野尻氏は、75~80歳になったら運用から全面的に引退し、その後は死ぬまで、定額を引き出すだけの生活に移ることを想定している。
言い換えれば、75歳時点でできるだけ多くの資産を残しておくための方策が“定率引き出し”ということなのだ。
資産残高が元々十分ではないよ、という方に対しては、①の生活費引き下げの手段として、物価が安い地方都市への移住を提唱している。
米国ではリタイアメント・コミュニティが数千単位で存在していて、そこへ移住することが珍しくないそうだ。
日本では持ち家処分まで踏み切れる人はなかなかいないが、生活レベルを維持しつつ、生活“費”レベルを下げる手段として、地方都市への移住は有効だという。
私事ながら、筆者も60歳を超えて、最近は資産を増やすことよりも、好きなことにどんどん使っていこうという意識が強くなった。
どんなに資産を増やしても、死後の世界には持っていけない。
有意義な使い方で社会に貢献したい、という思いも芽生えている。
年金が少ないと不平を言う高齢者は少なくないが、一方で高齢者がお金を使わないで金融資産を抱えたままでいる、というデータもある。
70歳代になっても、まだ老後に備えるという考え方が根強い。
将来への漠然とした不安を抱えてお金を使わず、結果として使い切れずに死んでしまう、というのが今の日本人に多いパターンではないだろうか。
本書を参考に、リタイア後に資産をどう減らしていくか、を考える機会をもってみてはいかがだろうか?