音楽産業のビジネスモデルの変化
筆者の趣味は、オーケストラを聴くことである。
コンサートには年間50回近く足を運ぶし、保有しているCDも5百枚を優に超えると思う。
ただ、若い人のようにスマホや携帯プレーヤーで音楽を聴くことはなく、もっぱら自宅のオーディオ機器を使い、スピーカー(4年前に奮発して百万円以上のものを買った)の前に座って聴くことが多い。
音源はネット配信中心へ
そんな筆者に、この1年間で自宅での音楽の聴き方に大きな変化があった。
対象とする音源が、ネット配信主体となったのである。
もちろんCDも聴くが、比率的には「ネット配信が7、CDが3」という感じだ。
ネット配信ではクラシック音楽のコンテンツが従来少なかったこともあり、あまり興味はもっていなかった。
また、ネット配信は音質的にCDに及ばない、という固定観念もあった。
ところが、Amazon MusicやApple Musicでクラシック音楽のアルバムも充実した数が配信されていることを知り、俄然関心が高まった。
音質的にも、ハイレゾ配信の急速な拡大で、ちゃんとした機器を揃えればCDに遜色ないところまで来ていることも知った。
そこで、2023年にAmazon Music Unlimitedに入会し、月額1千円ほどで様々な音源を漁るようになったのである。
検索機能が低い上に、演奏者や録音日時・場所など音源に関する情報が壊滅的に乏しいという欠点はあるものの、名盤と名高い録音や最新のアルバムが聴き放題というメリットはそれを補って余りある、と強く感じている。
今後CDを購入するのは、ネット配信では聴くことができないものに限られそうだ。
音楽産業の報告書が公表された
「クラシック音楽でさえネット配信で事足りる時代になってきたということは、ポップスやロックなど他ジャンルはもっと変化が進んでいるのではないか?」
「CDを買う人が少なくなった一方で、ライブに通う人は増えているように感じるが、音楽市場どうなっているのか?」
「音楽産業全般のいまを手っ取り早く知る資料はないか?」
そのような問題意識を抱いて探してみたところ、格好の資料が見つかった。
経済産業省の商務・サービスグループ 文化創造産業課が、今年7月に公表した「音楽産業の新たな時代に即したビジネスモデルの在り方に関する報告書」である。
全体で70ページほどだが、国内外の音楽産業の見取り図、視聴者・消費者の動向、流通構造の変化、制作現場の変化、海外の動向など、多岐にわたるテーマが取り上げられている。
各種機関の調査データが豊富に収集されていることが特色で、別冊として100ページを超えるデータ集まで用意されている。
話題が広すぎてやや散漫な印象も受けるが、音楽産業で何が起こっているかを知るためには、この上ない好資料だ。
以下では、報告書や掲載データの中で、特に筆者が注目した部分をいくつかご紹介したい。
日本の音楽市場規模
まずは、報告書7ページに掲載されている、我が国の音楽市場規模に関するデータを挙げよう。
日本の音楽市場規模(2018-2027)
コロナ禍で2020、2021年に大きな落ち込みがあったものの、2022年にはコロナ前を上回った。
種別では、CDに代表される「フィジカルディスク」は減少傾向にある一方、「ライブ:チケット収入」と「ストリーミング:課金」が伸びている。
ライブの盛況やネット配信への移行を裏付けるデータだ。
気になるのは、今後の市場規模全体については頭打ちとなるように予想されていることである。
我が国でずっと問題となっている人口減少や高齢化が、音楽市場にも影響しているのだろうか?
ステークホルダーへの売上配分率
報告書11~13ページにかけて解説されている、ステークホルダーへの配分率の話が面白い。
CD1枚売るのと配信サービスで曲が売れるのは、まったく配分比率が異なることを、筆者は今回初めて知った。
CDの配分率(概算)
注:メジャーレーベルで、CD1枚の値段を3,000円(税別)とした場合の概算
物理メディアであるCDの場合は、消費者の手元に届ける流通網が不可欠である。
そこに45%の取り分が持っていかれるから、CDの売上の半分近くが流通コストに消えることになる。
アーティストに入ってくる取り分は原盤(通常はレコード会社が保有)印税を含めても20%に満たず、存外少ないことがわかる。
サブスクリプションサービスの配分率(概算)
ネット配信の場合には流通コストが低く、プラットフォーム(PF)を運営する事業者と、アーティストとプラットフォームをつなぐアクリゲーターの取り分で合計33%である。
レーベル分がないことも、CDとの大きな違いになる。
もちろん、ネット配信ではアルバム全体よりも好きな曲だけ聴く消費者が多いだろうから、絶対額として見た場合に、CDとどちらが金額が大きいかはケース・バイ・ケースだろう。
CDではレーベルが担当していた宣伝広告費を、誰かが別途負担する必要があることも注意しなければならない。
とはいえ、アーティストにとっては、ネット配信のほうが比率として有利であることが明白だ。
何らかのきっかけでネット上でバズれば、配信を通じてアーティストに多額の収入が入ってくる可能性が高い。
デジタル化比率
音楽市場規模のデータでみたように、“物理メディアからネットへ”というトレンドは顕著だが、世界的にはどうなのか?
実は、世界でみると、個人が音楽を聴くメディアという面で我が国は最もデジタル化比率が低い国だ、という事実が報告書22ページに示されている。
録音原盤市場上位10カ国の録音原盤市場のデジタル化比率
ここでいう“デジタル化比率”とは、配信市場が録音原盤市場に占める割合のことである。
上位10カ国の中で、50%を下回るのは我が国だけだ。
つまり、海外では配信で聴くのが当たり前で、CDなど物理メディアを購入するのはよっぽどのマニアに限られる、ということのようだ。
そういえば、CDプレーヤーが売れているのは日本だけ、という話も聞いたことがある。
なぜ我が国では未だ物理メディアが人気なのか?
報告書の考察の言葉を借りれば、物理メディアは「音楽を聴く手段としての需要は減少したが、音楽を所有する手段やグッズの一種類としての需要が高まっている」からだという。
また、ストリーミングの聴取よりもCDを購入するほうがアーティストの応援につながる、という情報が独り歩きした(先ほどみたように、売上分配の観点からは事実とは異なるが)ことも一因だという。
確かに、アイドルの握手券や投票券、ライブやイベントへの応募や特典グッズをセットにして、CDに付加価値を付ける販売方法が我が国では盛んに行われているイメージはある。
CD本体ではなく、むしろ付加価値のほうを目的に購入している人がかなり多いといえるのだろう。
「なんだか、雑誌の豪華付録に似た商売のやり方だな」という感想を筆者は抱いた。
音楽の受容に関する世代による違い
別冊データ集には面白いデータが満載されているが、ここでは音楽の情報源についての世代別の違いについて取り上げてみる。
データ集76ページに掲載されている表を引用する。
音楽に関する情報源、認知経路
資料:博報堂・博報堂DYメディアパートナーズ「コンテンツファン消費動向調査2023」
世代にかかわらず、テレビ番組やテレビCMが依然として大きな影響力を保持しているが、若年層ではYouTube、Twitter(現X)、InstagramといったSNSが大きな影響力をもつことがうかがえる。
10代では、TikTokが他世代に比べて突出していることも特徴的だ。
一方で、かつて重要な情報源だった音楽専門誌や専門店は、現在ではほとんど情報源になっていない。
40代以上ではYahoo!の割合が割と高いが、10代・20代からはほとんど参考にされていないことも面白い。
「Yahoo!って、オジさん・オバさん向けのメディアなんだ」ということである。
もう一つ、音楽を聴く方法について、78ページの表もみてみよう。
音楽の聴取方法(2022年)
資料:日本レコード協会「2022年度音楽メディアユーザー実態調査報告書」
全世代で圧倒的に割合が高いのがYouTubeだ。
どの世代でも50%を超えており、今や音楽を聴くとなれば、まずYouTubeで音源を探す時代になったのだろう。
TikTokは、ここでも10代・20代に浸透している。
若者にバズらせたいなら、TikTokは絶対に押さえておかないといけないメディアのようだ。
CDと定額制音楽配信サービスは世代間で大きな違いがある。
30代以下は音楽配信、40代以上ではCDが優位にある。
今後、筆者のケースように、40代以上にも音楽配信サービスが受け入れられてくることになるのだろうか。
テレビやラジオも中高年層では割合が高い一方、若年層ではあまり使われていない。
これらのデータをみていると、デジタル・ネイティブの世代には、テレビ番組や広告宣伝など旧来型のアプローチだけでは曲をヒットさせることはできない、ということがはっきりわかる。
ネット上でいかにバズらせるか、そのバズりを利用して配信サービスやライブにいかに誘導するか、といった取り組みが不可欠なのだ。
報告書44ページには、SNSバズ/バイラルによるヒットの分析も記載されているので、音楽関係者はぜひ一読することをオススメしたい。