成長株の株価暴落が怖い10-M&A総研ホールディングス

成長株の株価暴落

我が国に中小企業の大廃業時代が到来した、と言われている。
コロナ禍、人手不足と人件費の高騰、原材料費や光熱費の上昇など、事業環境の悪化による中小企業の倒産だけが要因ではない。
より深刻なのは、事業が黒字の企業であっても、後継者不在や先行きへの不安を理由として廃業するケースが増えていることである。

団塊の世代がリタイアする年齢に達し、経営者の高齢化はどんどん進展している。
放置していると、まともな中小企業まで少なからず消滅する可能性が高まっているのだ。
中小企業の事業承継を円滑に進めることは、待ったなしの国家的政策課題だと言ってよいだろう。

成長するM&A業界に新星が登場

そこで、事業承継の方法の一つとして、中小企業のM&Aが注目を集めるようになった。
かつては大企業に限られていたM&Aの領域が、中小企業にも広がっている。

M&Aによる中小企業の事業承継を実現するためには、売り手企業と買い手企業を仲介する存在が不可欠である。

銀行や証券会社などの金融機関がその役割を果たすこともあるが、対象は相当大きな事業規模をもつ企業に限定され、一般の中小企業は相手にされてこなかった。
また、M&A仲介は付加サービス部門に過ぎず、人事異動で担当者が頻繁に入れ替わる金融機関では、専門ノウハウが蓄積されにくいことも問題だった。

そこで、M&A仲介を専門とする事業者が、時代のニーズを満たすように急速に台頭してくることになったのである。
2006年に日本M&Aセンターが株式上場したことを端緒に、M&Aキャピタルパートナーズ(以下MACP)、ストライクが続いた。

そこへ彗星のごとく登場してきたのが、2018年設立のM&A総合研究所(2023年に持株会社体制に移行してM&A総研ホールディングスに商号変更)である。
設立後わずか4年で東証グロース市場に上場し、23年にはプライム市場に区分変更され、業界大手の一角にのし上がった。
投資家の人気は高く、上場後2年で、株式時価総額でMACPとストライクを追い抜き、業界2位に躍進している。

その大きな要因は、高い成長性である。
直近3年間で、営業利益額は上場直前の563百万円からほぼ15倍の8,409百万円になり、先発2社を瞬く間に抜き去った。

さらに特筆されるのは、経営コストの低さだ。
売上原価率は他社に比べてダントツに低く、販管費率も低水準に抑制されているため、売上高営業利益率は50%超と30%台の他社を圧倒している。

売上原価率が低い理由として、他社は地銀や税理士事務所など提携先からの紹介案件を有力な受託ルートとしているのに対し、M&A総研は後発ゆえに紹介案件が少ないことが考えられる。
紹介案件では提携先に紹介料を支払うため、それが原価に含まれることになるので、売上原価率は高くなりがちだ。

最古参の日本M&Aセンターの売上原価率が最も高いのは、全国に紹介ネットワークを広げており、紹介案件の比率が高いためであろう。

M&A総研の強さとは?

M&A総研はライバル社と何が違うのか?

同社の説明や報道記事をまとめると、以下の3点に集約されるだろう。

①売り手企業の支払う手数料が完全成功報酬制
M&A仲介ビジネスでは、とにかく売り手候補を多く確保することが最重要だ。
「会社を売りたい」という経営者とコンタクトを取れなければ、何もビジネスは始まらない。
完全成功報酬制を採用することで、着手金や中間金の支払いが必要な他社と差別化し、中小企業経営者が仲介を依頼しやすいようにしたのである。

②自社開発システムによる業務のDX化・AIの活用
M&A総研の創業者である佐上峻作社長は、元ITエンジニアである。
その知見を注ぎ込んで業務システムを自社開発し、他社には真似できない業務の効率化を進めている。
これによって、「1年程度かかるのが普通」という業界常識を大きく上回る案件成約スピード(平均7ヶ月)を実現しているという。

③インセンティブを重視した給与制度と、それを売りにした積極採用
M&A仲介は極めて労働集約的な事業なので、売り手企業と接触するM&Aアドバイザー数を増やすことが、売上高の成長に直結する。
当然、業界他社との採用競争は激しいが、その中でM&A総研は順調なM&Aアドバイザー増強に成功している。

当社はインセンティブ給の比率が業界内でも高く、成約実績が高給与に直結しやすいため、転職者にとって魅力的なためではないか、と思われる。
ちなみに、当社の中途採用サイトには、「在籍2年以上のM&Aアドバイザーの平均年収が2,815万円」との記載がある。

上図のように、M&Aアドバイザーの数は驚異的なスピードで増え続け、それが成約件数増加に結びついていることが明らかだ。
M&Aアドバイザー増強の成功こそ、M&A総研の高成長を生み出している最大の要因だといえるだろう。

株価は絶好調から、奈落の底へ

これだけ良好なパフォーマンスを示していれば、当然、投資家からの注目は高まる。
事実、人気は過熱し、2024年3月にはPERが約90倍まで上昇した。

ところが、それがピークとなり、以後M&A総研の株価は転がり落ちるように下落していく。

上図は、2023年末の株価を起点として、昨年1年間のM&A仲介大手4社の株価がどう動いたか、グラフ化したものである。

M&A総研は、3月上旬には23年末より60%も上昇して他社を圧倒していたが、そこからの下落が凄まじかった。
24年末終値は2,037円、23年末の4,475円の半分以下である。

いったい、何があったのだろうか?

まず、3月の大きな下落のきっかけは、筆頭株主である佐上社長が保有株の一部(発行済み株式数の9.50%に相当)を売却する、と発表したことである。
目的は浮動株比率を向上させて流動性を上げるため、とされていたが、投資家は株式需給悪化につながるおそれがあると懸念し、いっせいに利益確定に走った。

目的はどうあれ、オーナー社長が大量の株式を売却するというのは、投資家にとってネガティブな情報だった。

株価下落が続いていたところへ、さらなる追い打ちとなったのが、中小M&A仲介に対する政府の規制強化の動きであった。

M&Aに応じて会社を売却した中小企業とその経営者が、資金抜き取りなど詐欺まがいの被害にあっている事件を一部メディアが報じたことで、業界を所管する経済産業省が「中小M&Aガイドライン」の内容改定に乗り出した。
8月に、中小企業への注意喚起、仲介事業者に求められる対応や禁止事項が盛り込まれた新しいガイドラインが公表されている。

6月には、政府が開催した「新しい資本主義実現会議」で「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の2024年改訂版案が公表され、「M&A仲介事業者の利益相反構造」や「高額な最低手数料」といった問題が指摘された。

今後の規制強化による収益悪化への懸念が投資家に広がり、M&A仲介各社の株価が軒並み急落した。
なかでも、M&A総研は一時700円値下がりするストップ安となり、4社中最も大きな下落幅となった。

8月の市場全体の大暴落があった後、一旦は株価は持ち直したが、9月以降は再び下落が続いている状況である。

期待が大きかった反動とはいえ、ここまで株価が低迷するとは、誰が予想しただろう。
業績自体はむしろ好調なだけに、不可解な思いを抱いている投資家も多いのではないか?

M&A総研の成長は持続するか?

M&A仲介は、中小企業経営者の高齢化と後継者難という追い風を受けて、急速に市場が拡大している。

しかも、仲介を担う事業者には資格や許認可は不要であり、誰でも看板を上げれば参入できる。
必然的に新規参入する事業者は激増している。
中小企業庁のM&A支援機関登録制度に登録している事業者では、半数以上が2020年以降に開業した事業者が占めると言われている。

まさに玉石混交の状態にある業界なのだ。

一方で、M&A仲介事業者に対する批判は根強い。
なかでも売り手・買い手双方から仲介手数料を受け取る“両手仲介”は、利益相反を生むことになり、継続的取引が期待できる買い手企業の利益を優先することにつながりやすい、と言われる。

成功報酬が大きなウェイトを占める手数料構造も、成約を最優先するという行動になりやすい。
まして、M&Aアドバイザーの給与が成約のインセンティブによって大きく増えるとすれば、売り手側の事情を無視して、強引に成約させようとする担当者が出てきても不思議ではない。

こうした批判に応えるべく、M&A仲介の大手企業でつくる業界団体が自主規制ルールの制定や資格制度づくりに乗り出している。

このような情勢が、M&A総研の成長性や収益性にどのような影響を与えるのかは、現時点では見通しにくい。

ただ、コンプライアンスの強化は不可避であり、少なくとも強引な営業や契約交渉を抑制する必要性は高いだろう。

前述したように、業界大手の中で、M&A総研では紹介案件の比率が低い。
大量のダイレクトメールと、M&Aアドバイザーたちの粘り強い交渉で案件を直接受託することが、同社の生命線となる。

この点に関して、業界他社からは「(M&A総研は)ダイレクト案件への依存が強引な営業活動につながっているのではないか」との声もあるようだ(東洋経済オンライン2024.6.17付「M&A仲介大手「全社株価急落」の深い理由」)。

M&A総研の株価下落率が高い理由は、そうした事情を報じた報道を投資家が嫌気したためかもしれない。

筆者は、M&Aアドバイザーの採用状況が成長を左右する業界だけに、アドバイザー数の今後の変化を注目することが重要だと考える。

高いインセンティブ比率による高給で求職者を惹きつけてきたM&A総研が、コンプライアンスを踏まえつつもそれを維持できるのか?
M&Aアドバイザーを増やし続けられるどうかが、成長持続の鍵になることは間違いない。

M&A総研

Posted by Uranus