AOKIホールディングスがもつ別の顔~複合カフェ

別の顔シリーズ

メンズファッションの「AOKI」といえば、「洋服の青山」と並び、日本を代表する紳士服チェーンだ。
男性ビジネスマンなら、過去に一度は買物したことがある、という人も多いのではないだろうか。
AOKIは全国に498店舗(2024年3月末現在、以下同じ)を出店しているほか、ORIHIKAというブランドでも95店舗を展開している。

そんなAOKIホールディングス(以下、AOKIHD)が、複合カフェ業界でダントツのシェア首位であるのをご存じだろうか?

複合カフェとは一種のスペース提供サービスで、個室の時間貸しを基本とし、飲食に加えてインターネット接続、漫画・雑誌、映像ソフト、ゲーム、シャワーなどの付加サービスが利用できる店舗である。
いわゆるネットカフェや漫画喫茶が典型的だが、近年は娯楽施設やフィットネスジムなどとの複合的な店舗が増えている。

AOKIHDでは、連結子会社が「快活CLUB」という店名により、全国に493店舗を展開している。
2022年からは、M&Aによって「自遊空間」というチェーンもAOKI傘下に入っている。

店舗の空きスペースの有効活用目的で始めた事業

「近年、スーツの販売が低調なので、苦肉の策として複合カフェをやりだしたのか?」と読者は思われるかもしれない。
だが、AOKIHDが複合カフェ1号店を出店したのは2003年、もう20年も前の話だ。
しかも、M&Aではなく、自前の事業として直営で始めている。

なぜ、複合カフェに進出したのか?

スーツ専門店業界は1980年代からバブル期にかけて隆盛を誇ったが、90年代後半に入ると店舗数が飽和状態になり、売上は頭打ちになり始めた。
売場面積に比して、販売効率も悪化していた。
特に、ロードサイドにある郊外型大型店舗ではスペースが広く余剰が生じたため、不採算店の一部を改装して、別業態に転換することになった。

そこで、様々な業態が検討され、他社のフランチャイズに加盟して試行錯誤もした結果、浮上してきたのがカラオケボックスと複合カフェだったのである。
前者は「コート・ダジュール」、後者は「快活CLUB」という名称で多店舗展開を開始し、エンターテイメント事業の柱として現在まで続いている。

複合カフェ業界は、基本的に個人や中小企業が経営する小規模店舗がほとんどであるため、AOKIHDのように大資本を投下して多店舗展開する存在はほかにない。
そのため、後発でありながらも、AOKIHDは短期間で圧倒的な存在になることができたといえるだろう。
現在、店舗数では約50%の業界シェアを占めるという。

なお、エンターテイメント部門はファッション部門と完全に切り離された存在ではない。
スーツ専門店の接客サービスのノウハウはエンターテイメントでも応用できる。
両部門間で社員の異動はあるし、業務の繁閑に応じてAOKIのスタッフが快活CLUBに応援にいくこともあるそうだ(DIAMOND Chain Store online掲載の青木彰宏社長インタビュー,2022.1.28付)

近年は、AOKIの既存店舗スペースの活用だけでなく、AOKIが無い地域にも「快活CLUB」単独で積極出店している。
その際、AOKIの出店で培った立地調査ノウハウが大いに役立っている。

意外に、事業間のシナジー効果があるようだ

エンターテイメント事業が成長の牽引役に

ここからは、AOKIHDの業績の数値をもとに、複合カフェを含むエンターテイメント事業と、祖業であるファッション事業の動向をみていこう。

まずはAOKIHD全体の業績推移だが、2019/3期までは営業利益がジリ貧で伸び悩んでいた。
2020/3期と21/3期はコロナ禍の影響で一気に悪化し、21/3期は58億円の営業赤字に転落している。
2022/3期以降は回復に向かい、3期連続で増収増益となっている。

とはいえ、2024/3期の営業利益額139億円は、コロナ前の2018/3期に及ばない水準だ。

今度はセグメント別に分けて、数字を追ってみよう。

まず、売上高でみると、ファッション事業が最大であることは一貫している。
ただ、コロナ前の水準と比較すると、成長はみられず、厳しい現状が浮き彫りになっている。

一方、複合カフェが主体となるエンターテイメント事業は順調な成長をしていたが、一転、コロナ禍で2021/3期には大きな落ち込みがあった。
しかし、その後は伸長が著しく、2024/3期はコロナ前を大きく上回る水準に達しており、ファッション事業に迫る勢いを示している。

次に、営業利益の推移。

やはり、ファッション事業が最大の稼ぎ頭であることは変わらないが、その金額は2018/3期以前を回復できていない。

エンターテイメント事業はコロナ禍の影響が薄まるとともに増益が顕著になり、増加率はもちろん、増加額でもファッション事業を上回る。
全社的な利益成長の牽引役となっていることが明らかだ。

この背景には、エンターテイメント事業をファッション事業と並ぶ柱として確立させようとするAOKIHDの明確な戦略がある。
この10年の設備投資額では、エンターテイメント事業が主力のファッション事業の数倍の規模でずっと推移している。

その結果、現在の店舗数では、複合カフェ・カラオケ・フィットネスジムの合計がファッション事業を超えている。

AOKIHDにとって、エンターテイメント事業は今や副業ではなく、グループの成長を託す基幹事業という位置づけになっているといえそうだ。

スーツから複合カフェへのシフト加速か?

ご承知の通り、ファッションのカジュアル化はビジネスシーンにも及び、仕事着としてのスーツの需要は急速に縮小しつつある。

今や、お固い仕事の代表格である役所や銀行でさえも、スーツ着用を求められる職場は減っている。
家計調査の数字では、スーツやワイシャツの購入金額は2000年代から長期的に減少傾向にあったが、新型コロナウイルス流行をきっかけとしたリモートワークの普及は、さらにスーツ離れに拍車をかけるだろう。

出所:日経電子版2024.9.26記事「紳士服株が低調、オーダー・カジュアル・多角化が鍵」

クロス・マーケティング社の「スーツに関する調査(2024年)」によれば、スーツの着用頻度が“1年に1回程度”またはそれ以下という人は、約44%にものぼる。
筆者の場合でも、最近スーツを着たのは2年前の葬式のときくらいだ。
スーツは、冠婚葬祭やセレモニー、あとは面接など限られた場面で着る服になっていくのだろう。

コロナの影響がなくなったからといって、スーツの購入金額が元に戻るという期待は到底できそうもない。
従来通り紳士服にしがみついていては、衰退は必至な情勢だといえる。

そういう意味では、AOKIHDが複合カフェなどのエンターテイメント事業に早くから進出し、自前で育ててきたのは、先見の明があった。

問題は複合カフェ業界の将来性だが、実は順風満帆とはいえない。
コロナ禍、高機能スマホの普及と通信費の低下、さらには治安の悪化などが相まって、ネットカフェの利用客が減り、閉店や倒産が増えている。
少なくとも成長業界とは言いづらい状況で、勝ち組とされる「快活CLUB」も、安閑とはしていられない。

今後の成長の鍵は、30代以下男性中心だった客層をいかにして広げていくか、新しい需要をいかにして開拓していくか、である。

AOKIHDは、リモートワークなどのビジネス需要とファミリー需要を開拓していくようだ。
2020年以降、コロナ禍下にもかかわらず、エンターテイメント事業へ大規模な投資を敢行し、鍵付完全個室などの店内設備や飲食メニューの充実、フィトネスジム「FiT24」との併設化を進めている。
ビジネスマンやファミリー客が来店し、時間を過ごす場としての機能を強化しているのだ。

2024年7月には、都心で幅広い客層がスキマ時間に利用する複合カフェとして、渋谷センター街店をオープンした。
今後3年間で、同コンセプトの店舗を約60店も出店する計画だという。

果たして、AOKIHDは5年後どのような姿に変貌しているのか?
楽しみである。