需要予測を誤り、天国から地獄へ~大幸薬品(ビジネスモデルが躓くとき-その6)

ビジネスモデル

新型コロナウイルスは、経済に大きな打撃を与える一方で特需も生み出した。
感染対策のグッズはその代表的なものだろう。

大幸薬品株式会社の製造する空間除菌グッズ「クレベリン」もその一つである。
コロナ禍当初の2020年当時には生産が追いつかないほどの爆売れとなったのだった。
当然、株式市場でも大幸薬品の株価は爆騰した。

だがその後、株価は急降下し、現在では2020年最高値の10分の1以下にまで落ち込んでいる。

大幸薬品の株価月足チャート(2025.5.15現在)

出所:株探

典型的なバブル崩壊のチャートだが、いったいなぜこうなってしまったのだろうか?

空間除菌グッズ「クレベリン」

大幸薬品は、下痢止めで有名な「ラッパのマークの正露丸」でおなじみの方も多いだろう。
正露丸は複数のメーカーが製造する止瀉薬だが、同社のブランド知名度が圧倒的に高い。
安定的に需要が見込める商品であり、業績の変動は比較的少なかった。

だが、正露丸の市場の成長は今後あまり期待できず、正露丸に並ぶ柱となる商品を新しくつくることが、同社の最大の経営課題だった。

そこで注力したのが、二酸化塩素による除菌・ウイルス除去等を謳った空間除菌グッズ「クレベリン」である。
その発売は20年前の2005年というから、結構古い。

ここで注意すべきことは、クレベリンは薬機法に基づいて有効性・安全性を認められた医薬品ではなく、あくまで「雑貨」に区分されるグッズということだ。

大幸薬品は、実験室での実験結果などをもとに、「室内に置くだけで、二酸化塩素が浮遊するウイルスや菌を除去する効果がある」と説明している。
しかし、実際の生活空間でも実験室と同じ効果があることや、100%安全であることを示す明確な科学的データは乏しく、薬機法の承認が得られたものではない。
そのため、ウイルスの無毒化や感染予防を商品の効果・効能として正面切って謳うことはできない。

また、WHOや厚生労働省は、健康被害の可能性があるとして、室内で消毒剤を噴霧することを推奨していない。
一部の医師からも、クレベリンなどの空間除菌グッズ使用に対する警告が出されており、現在でも有用性について議論が尽きない状況だ。

想定外だったクレベリンの大失速

大幸薬品の株価が低迷していることは、筆者も以前から知っていた。
だが、株価低迷の主因は、2022年1月及び4月にクレベリン関連製品が景品表示法違反(優良誤認)で消費者庁から措置命令を受けたため、消費者が離れ、販売が落ち込んで業績が悪化したものだとばかり思っていた。

しかし、今回調べてみると、実際には2021年に入った段階で、すでにクレベリンの売上は急減して業績は悪化しており、消費者庁の措置命令は追い打ちという形だった、ということがわかった。

千載一遇のチャンス到来と、クレベリン関連製品の需要を強気に予測し、生産体制増強を先行させていたところ、逆に売上急減に見舞われてしまったということなのだ。

詳しくみてみよう。

四半期売上高の推移

出所:大幸薬品「2021年12月期 連結決算報告」 

四半期ごとの売上高をみると、2020年はコロナ特需によって感染管理事業(クレベリン関連)が大幅に増加し、医薬品事業(正露丸関連)の低迷を補って全社売上高を押し上げたことがわかる。
ところが、2021年になると状況は急変し、売上高が大幅に減少した。

コロナ禍の生活が長期化するにつれて、消費者の需要が萎んでしまったのだろうか?
空間除菌グッズは、目に見えて効果がわかるという商品ではなく、対策をしているという安心感を得るための商品だという側面がある。
コロナ禍生活に慣れてくれば、関心が薄れることがありうる。

また、さまざまな除菌グッズが登場し、競争が激化したことも売上の減少につながっているかも知れない。

これは、大幸薬品にとってまったくの想定外の事態だった。
なぜなら、同社の2021/12期の期初業績予想では、クレベリン関連の感染管理事業は2020年と同等の売上を前提にしていたからだ。

実際には、なんと2020年の半分にも満たない売上高にとどまってしまった。

大幸薬品の経営陣からすれば、「こんなこと、いくらなんでも予想できないよ」と泣き言の一つも言いたいだろう。
しかし、経営は結果がすべてであり、経営の大失敗による業績悪化は明らか、と言わざるを得ない。

その後、前出の消費者庁の措置命令が出て、感染管理事業はさらに苦境が深まり、直近の2024/12期にはたった5億円の売上高にまで落ち込んでいる。
セグメント利益も2020年までの増加基調から一転して、赤字が続いている。

まさに「天国から地獄へ」という凋落ぶりだ。

苦闘しながら経営を立て直し

このような状況だったから、全社業績も2020/12期を境にまったく異なる様相を呈している。

決算期変更のため9ヵ月決算であったにもかかわらず、2020/12期は売上高・営業利益とも突出している。

それが、翌2021/12期は約50億円の営業赤字に転落した。
増産していたクレベリン関連製品の棚卸資産評価損の計上を余儀なくされたからだ。

さらに、営業外損失として操業停止関連費用、特別損失として固定資産の減損損失、原材料仕入をキャンセルした違約金にあたる支払補償費などを計上し、最終的に96億円もの当期純損失となった。

以降もクレベリン問題の後始末は続き、ようやく2024/12期になって一段落したようで、営業利益を4期ぶりに黒字化させることができた。

その苦闘の跡は、貸借対照表にも現れている。
棚卸資産や固定資産の減損が続いたことで、2024/12期末の総資産額は2020/12期末の4割程度の規模に縮小した。

救いは、元々自己資本が厚かったおかげで、有利子負債が一時増えながらも、健全性はずっと保たれているということだ。
大きな赤字を出したにもかかわらず、それまでの蓄積がものを言って、深刻な経営危機にまでは至らなかったのである。

クレベリンが登場してくる前の大幸薬品、すなわち“正露丸の会社”に戻った、というのが現在の姿だといえるだろう。

苦悩は続く・・・

決算説明資料を読むかぎり、大幸薬品の方針としてはクレベリン事業から撤退する意思はなく、なんとか再構築して再び柱となる事業に育てたいようだ。
それは、ネットを中心に地道に宣伝広告活動を継続していることからもうかがえる。

しかし、二酸化塩素による空間除菌グッズをめぐる情勢は、依然として厳しい。

消費者庁は、2024年3月、「車両用クレベリン」と称する自動車の車内除菌・消臭サービスを景品表示法違反(優良誤認)だとして、デンソーなど10社を対象に措置命令を出した。
言うまでもなく、「車両用クレベリン」は大幸薬品との提携によるサービスである。
消費者庁は、クレベリンのウイルス除去・除菌効果を認めない姿勢を改めて示したといえるだろう。

消費者庁の権限はあくまで商品の表示に関することなので、商品やサービスそのものを販売できなくなるわけではないが、効果の信頼性を揺るがすことになったのは間違いない。

今後、クレベリン事業が以前と同様の活況を取り戻す可能性は、極めて低いと考えざるを得ない。
とはいえ、それに代わる新事業も簡単には見つからない。

上場企業として成長を求められ続けることは、大幸薬品にとって良いことばかりではないように思えてくる。
今回のように、経営環境の変化に踊らされて背伸びし、逆に苦境に陥るリスクがあるからだ。

いっそこと、株式上場をやめる選択肢も考えてはどうだろうか?

今回、「株式市場って凄いね」と改めて感じた。

大幸薬品の株価の下落が本格化したのは、2020年9月からである。
まだクレベリンが爆売れしているさなかではないか!
業績悪化が表面化する3ヵ月以上前に、投資家は将来を見通したかのように動いたのだろうか?

こんなときに、「値が下がってラッキー」と安易に飛びつかないように気をつけなくては、と肝に銘じたい。

大幸薬品

Posted by Uranus