崩壊の危機にある日本の出版物流と出版取次

ビジネスモデル,業績

「日販とトーハン、止まらぬ出版取次縮小 輸送費高など『三重苦』」いう記事(2025.5.30付)が日経電子版に掲載されていたので、出版取次業について興味が湧き、ちょっと調べてみた。

出版取次業は、簡単に言えば、出版社(メーカー)と書店(小売店)をつなぐ卸売業にあたる存在である。
日販(日販グループホールディングス)とトーハンはその二大企業であり、この2社で取次市場全体の約8割を占めているという。
つまり、完全な寡占市場である。

なお、両社とも株式非上場企業であるが、有価証券報告書や決算説明資料がホームページで公開されており、財務に関する詳細なデータを入手できる。

再販制と委託販売制を支える出版取次

我が国の出版流通特有の仕組みとして、「再販売価格維持制度」と「委託販売制」があることは、ご存じの方も多いだろう。

再販売価格維持制度(以下、再販制)は、メーカーが定価を決定し、小売店はその価格で販売することが義務付けられる制度である。
再販制は独占禁止法によって原則禁止されているが、出版物を含む一部の著作物については1953年にその適用除外が認められた。

その理由は、消費者が地域の格差なく全国どこでも同じ価格で書籍や雑誌を購入できるようにすること、また出版社が価格競争に左右されずに、多様な出版活動を行えるようにすることが、文化振興の観点から有益であるとされたからだ。

確かに、住む地域によって書籍の価格が異なるとすれば、消費者が不公平感を抱くことは容易に想像できる。

また、書籍が値引き自由であれば、値引きされにくい、売れ筋の書籍ばかりが優先され、マニアックな分野の書籍や、ユーザーの少ない学術書などは扱われにくくなる、という見方も一理あるだろう。
当時はインターネットがない時代であり、情報発信の方法も限られ、出版流通に乗らない本は、事実上存在しないのと同じであった。

委託販売制は、定められた期間内であれば、売れ残りの出版物は返品できる、という制度である。
その始まりは明治時代なので、再販制よりも古い。

返品可能とすることで、学術書など発行部数が少ない書籍でも、店頭で売られることを可能にし、文化の発展に寄与してきたのだ。

再販制により小売店は価格決定権を奪われる形になったが、委託販売制とセットにすることで、経営リスクを低減することができる。

もし、出版社と書店の間で、バラバラに出版物が行ったり来たりすることになれば、とんでもない混乱になる。
2つの制度が円滑に運営されるためには、出版物の物流を統制する存在が必須となる。
それが、出版取次業にほかならない。

やがて、書店は仕入れるタイトルの選択や部数を取次業者にお任せすることが常態となり、出版業界における取次業者の重要性はさらに高まっていった。

ほとんどの出版物は取次ルートで流通しており、書店が出版社から直接仕入れたり、返品なしの買い切りで出版物を仕入れたりすることは、最近までごく限られていた。

このことは、出版取次が批判の対象となることにも繋がっている。
配本が一方的・硬直的で書店側に自由度が乏しいこと、消費者から取寄せ注文があっても届くまでに長く時間がかかることなどが、「街の本屋」の経営を苦しくさせている原因の一つだと指摘されることがある。

取次事業の赤字が続く

出版業界において大きな影響力をもつに至った出版取次が、冒頭にご紹介した記事にあるように、苦境にあるとはどういうことなのか?

まずは、出版取次大手2社の業績をみてみよう。

ご覧の通り、両社とも売上高に比して利益は極めて少ない。
日販は、売上高が大きく減少しており、営業赤字をやっと解消した状況だ。
さらに、事業セグメント別利益(有報ベース)をみると、本業である取次事業を含むセグメントは、2022/3期から一気に悪化していることがわかる。

2025/3期有報はまだ公開されていないのでグラフ未掲載だが、前出の記事によれば「2025年3月期の連結決算は、本業の取次事業で前の期に続いて赤字」とのことなので、依然として厳しい状況は続いている。
取次事業の不振を、不動産事業(持ちビルのテナント貸し)やコンテンツ事業(コミックス等の出版)でなんとか補っているというのが現状だ。

コスト上昇があっても価格転嫁できない!?

取次事業が儲からなくなった原因は、再販制の弊害にあるとされる。
なぜなら、この数年で原材料費、人件費や物流コストが急激に上昇しているにも関わらず、価格決定権をもつ出版社は、消費者の反発を恐れて出版物の値上げに消極的なのだ。
要は、出版物の販売価格が安すぎるために、コスト上昇をまかない切れなくなったのである。

例えば、運賃単価の水準は10年前の約2倍にも及ぶ。
しかし、本や雑誌の価格は10~20%程度しか上がっていないという。

出所:トーハン決算説明資料(2025.5.30)

出版物の売上のうち、取次の取り分はおおよそ10%程度とされる。
1000円の書籍が売れたときに取次に入ってくるのは、せいぜい100円程度ということだ。
典型的な薄利多売で、ここから、取次にかかるすべてのコスト上昇を吸収することが厳しいのは、容易に想像がつく。

現在の出版物の配送は、雑誌の配送体制を基礎としており、書籍はそこに乗っかる形で配送される。

ところが、雑誌の販売金額は年々減少し、この10年間で半減した。
廃刊・休刊が相次いでいることからわかるように、雑誌の流通規模の縮小傾向は顕著だ。

出所:HON.jp

そこに、書店数の減少がさらに拍車をかける。
配送効率は悪化して売上は減るからである。

さらに、返品に伴う輸送コストも負担しなければならない。
トーハンの決算説明資料によれば、全体の返品率は38.7%、雑誌については48.5%にも達する。
出版物の配送網を従来通り維持することは、容易ではないのだ。

取次業者の団体である日本出版取次協会は、出版社に向けて「出版配送の現況と課題」と題する説明会を開催し、出版配送が危機的状況にあることを訴えている。
共同配送の推進などコスト削減の努力はしているが、それだけではとても運賃単価の上昇をカバーできない。
販売定価の上昇がなければ、解決は不可能だという。

新たな模索は成功するか?

再販制と委託販売制を基本に回っていた出版業界だが、時代の変化に対応しきれず、その限界が見えてきたようだ。
出版取次事業の存在自体が危うくなっている、と言ってもいいだろう。

新たな動きが出始めている。

日販は、コンビニへの雑誌配送から今年2月末をめどに撤退するという、思い切った決断をした。
ローソン、ファミリマート向けの配送が大きな赤字になっていることに手を打ったのである。

2023年には、カルチャー・コンビニエンス・クラブ、紀伊國屋書店と日販が共同出資する「ブックセラーズ&カンパニー」を立ち上げ、出版社と書店が直接にやりとりして、買い切りで仕入れる仕組みを普及させようと取り組んでいる。
その中では、日販は取次ではなく、出版物流や精算業務を受託して手数料をもらうビジネスモデルに転換する。

さらに、出版物より採算性の高い文具卸事業に今後注力し、書店はもとより文具店とも取引する「日本一の文具卸」を目指すそうだ(“⾚字、リストラ、コンビニ撤退「本の物流王」の岐路 業界を騒がせた取次⼤⼿「⽇販」の幹部に聞く”東洋経済オンライン2023.12.15付)

一方のトーハンは、コンビニ向けの雑誌配送を日販から引き継ぐことを表明しているものの、取次事業が4期連続赤字と苦しいことは、日販と同様である。
日販のようなドラスチックな改革は打ち出していないが、書店の需要に応じて配本する事前申し込み銘柄の拡大、書店開業支援、地方自治体との連携強化などで、なんとか書店マーケットの維持を図っていきたい意向がうかがえる。

また、キャラクターグッズにも注力しており、2024年には海外への拡販をにらんで日本出版貿易を連結子会社化している。

どちらも取り組みは始まったばかりだが、出版物流が今のままでは長く保たないことは明白なだけに、早急に成果を出すことが必要だろう。

本が売れないのは、Amazonや「本離れ」のせいだけではない

今回、色々調べてみて、一つわかったことがある。

出版業界の不振は、日本人の「本離れ」の進行、Amazonなどネット書店による「街の本屋」の圧迫、電子書籍の拡大などがもたらしたものだ、とする考え方が広く流布している。
しかし、実は必ずしもこれだけでは我が国の現状を説明できない、ということである。

諸外国でも同じような影響があるにも関わらず、書籍の販売金額自体はさほど減っていないそうだ。

日本人の「本離れ」というのも、世論調査の結果を誇張してメディアが騒いでいるだけ、という指摘がある(飯田一史“「不読率60%の衝撃」?結論ありきの「本離れ」論のデタラメ 令和5年度国語に関する世論調査を読む”Yahoo!ニュース2024.9.18付)

思い込みや決めつけではなく、しっかりデータを調べ、現実を十分に把握したうえで議論することの大切さをあらためて学んだ。

トーハン,日販

Posted by Uranus