味の素がもつ別の顔~半導体用絶縁材料

別の顔シリーズ

「味の素」といえば、言うまでもなく旨味調味料の王様である。
商標というより、一般名詞に近いといえる存在だ。
1908年、東大の池田菊苗博士が昆布だしの旨味成分がグルタミン酸であることを発見したことをきっかけに、二代鈴木三郎助が1909年に世界で初めて旨味調味料を製品化して、その歴史が始まった。
今や、世界中で使われる調味料である。

となると当然、味の素株式会社は食品メーカーだ、と考えている人がほとんどだろう。
近年は、調味料だけでなく、冷凍食品やインスタントコーヒーなどでもお世話になっている人が多いのではないだろうか。

そんな味の素だが、実は半導体製造工程で使われる絶縁材の供給メーカーとしての顔を持っている。
“層間絶縁材料”というフィルム状の絶縁材で、「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」という商標が付けられている。
担当しているのは連結子会社である味の素ファインテクノである。

出所:味の素公式サイト

アミノ酸から半導体用絶縁材料研究へ、世界シェアほぼ100%!

ABFの主要な用途はパソコンの心臓部であるCPUの回路基板向けで、なんと全世界の主要なパソコンのほぼ100%で使われているという。
万一、味の素が活動を停止すれば、世界中のパソコン生産がストップすることになるかもしれないのだ。

味の素は、基幹技術であるアミノ酸に関するノウハウを応用した絶縁性をもつエポキシ樹脂に注目し、1970年代から基礎研究を続けてきた。

1990年代にパソコン用半導体基板向け絶縁材料に応用することを選択し、それまでインク形式であった絶縁材料をフィルム化するという困難な課題に挑戦。
後発メーカーながら製品化に成功し、99年大手半導体メーカーに採用され、現在までに100%近いシェアを占めるまでになった。
その高い絶縁性などの特性が高く評価されており、パソコン以外にも、ゲーム機、サーバー、車載用途など広く採用されているそうだ。

絶縁材料が最近の業績伸長に大きな貢献

ここで、味の素の最近の業績推移をみてみよう。

2016/3期から2019/3期にかけて、味の素の売上高はほとんど横ばい状態だった。
事業利益(味の素が独自に設定する利益指標)もジリ貧だったことがうかがえる。

ところが、2020/3期から増益基調へと転換し、遅れて売上高も直近3期は増加に転じた。

この裏で何が起こっていたのか?。
部門別に売上高と事業利益をみていこう。

現在の事業セグメントでのデータが追える2019/3期以降の売上高の推移は、下図のとおりである

2021/3期までの売上高の減少は、主力である調味料・食品、及び第二の柱である冷凍食品がどちらも減収になったことが要因とわかる。
逆に、この両部門が増収に転じた2022/3期以降は、売上高全体も伸びている。

つまり、味の素の売上高は、主力事業の食品関連2部門の動向で大きく左右される。
まあ、当たり前といえば当たり前、の話ではある。

ただ、注目して欲しいのは、赤で示したファンクショナルマテリアルズ(以下FM)だ。
これが、先ほど紹介した半導体用絶縁材料である。

2024/3期こそ半導体不況の影響で減収になったものの、着実に成長していることがわかる。
調味料・食品に比べれば10分の1に満たない規模とはいえ、有望な事業だということがうかがえる。

さて、事業利益の推移に目を移すと、様相は一変する。

売上高の規模がまだ小さかったFMの存在感が、調味料・食品に次ぐ二番目の柱として大きくクローズアップするのだ。
しかも、2019/3期以降わずか4年ほどで3倍を超える金額にまで急成長し、調味料・食品の停滞を補う働きを示している。
20/3期から全社の事業利益が増益に転じたのは、FMが牽引していたためだったのだ。

一方で、売上高ではFMより圧倒的に大きい冷凍食品だが、事業利益面では貢献が小さいこともわかる。

直近24/3期はFMが減益と不振だったが、逆に調味料・食品が大幅な増益となって補い、トータルで増益を確保することができた。

両者がうまく補完し合う構造になっているので、今の味の素は堅調な業績を当面キープできそうだ。

抜群の高収益で食品と並ぶ両輪構造へ

部門別の売上高事業利益率をみると、FMの突出した高収益ぶりがすごい。
なんと、利益率は50%近い水準である。

そうなると、売上高に占めるFMの比率が上昇すれば、味の素全体の利益率も大きく上昇することが期待できる。

味の素の株主からすれば、FMのさらなる成長を強く期待することになるだろう。

会社としては、FMへの投資を増やしていくことに積極的にならざるを得ない。
下図でわかるように、この4年間で、FMを含むヘルスケア等への設備投資額が増加し続けており、調味料・食品と肩を並べる規模まで達している。

このままいくと、「味の素の稼ぎ頭は産業資材」という時代が、何年後かに来るのか?

もっとも、半導体関連は好不況の波が激しいことで知られる。
利益率が高いからと言って、それに頼りすぎれば、業績の変動も大きくなることは避けられない。

食品という景気に左右されにくいディフェンシブな部門と、半導体用絶縁材料や、積極投資を進める医薬品製造を含むヘルスケア等部門を両輪とする事業構造が、味の素にとって望ましいのだろう。

味の素

Posted by Uranus